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福島地方裁判所 昭和33年(わ)138号 判決

被告人 渡辺裕

主文

被告人を懲役五月に処する。

但し本判決確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

右猶予期間中保護観察に付する。

領置に係る玩具用拳銃一挺(証第一号)を没収する。

訴訟費用中証人平栗武雄、同渡辺万蔵に支給した分を除く爾余は全部被告人の負担とする。

被告人に対する昭和三十三年十二月四日付起訴に係る公訴事実中(一)及び(四)の点に付被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実・証拠の標目・法令の適用略)

次ぎに被告人に対する昭和三十三年十二月四日付起訴状記載の公訴事実中(一)は「被告人は昭和三十二年三月上旬頃の午後九時頃安達郡二本松町箕輪字桐ノ木内八番地の自己の住居において平栗武雄に対し「共有山林を御前の家に半分給与することなどは誰にも聞いていないが真実か」等と血相を変えて申向け同人を殴ろうとして脅迫し」と謂い、又(四)は「被告人は同年八月八日頃の午後九時頃同郡二本松町箕輪字桐ノ木内八番地の前記自己の住居において渡辺万蔵に対し些細のことに憤慨して同人の両手首を掴んで押倒す等の暴行を加えた」と謂うに在る。

仍て以下右起訴事実に対し判断を与える。

先ず右(一)の事実について、

被告人は当公廷に於て右(一)の日時場所に於て平栗武雄に対し(一)に掲げてある様なことを言つたことはあるも殴ろうとして手を上げたりその他平栗に殴りかかる様な格好をしたことはない旨を述べているのに対し証人平栗武雄は当公廷に於て右(一)の事実について渡辺文喜、渡辺万蔵、角田照雄等と共に山林の問題で集まつた際誰が言い出したか判らぬが共有林の話が出たところ被告人は何故いきり立つたか判らぬも立膝で平栗の処に詰寄り恐ろしかつた旨を供述して居り証人渡辺文喜も亦当公廷に於て右(一)の事実について、被告人が平栗武雄に立膝で迫つたが別に殴る姿勢はしなかつた旨を述べている。して見ると被告人は平栗武雄に対し語気を荒らげて迫つたことは明かであるがそれ以上は手を振り上げたとか又は言葉で殴るといつたとかいう事実は認められない。ところで刑法脅迫の罪は相手方を威怖させるに足る害悪を生命身体自由、名誉又は財産の各法益に対して加える旨を告知するに因つて成立するのであつて、言語に依ると動作に依るとを問わない。然し仮令相手方に威圧感、圧迫感等の被害感情を生ぜしめ又は叱咤怒号したとしても相手方又はその親族の叙上各法益に害悪を加える告知を包含するものと認められない限り脅迫罪は成立しないものと解さねばならない。平栗武雄に対する被告人の前示言動は確かに平栗に対し威圧感乃至恐怖感を抱かしめるであろう。然し自己の財産の死守に汲々としていた短気の被告人として自己の意に逆う言辞を耳にして直ちに興奮怒号することはある程度已むを得ないものと謂うべく単にその場合の前記言動のみを捉えて害悪の告知ありと為すは聊か行き過ぎであつて他に被告人が平栗の身体に暴力を加える意思の表示と認めるべき明確な言動の認められない右(一)の場合は究局害悪の告知あることを窺うに足る証拠が存在しないことになる。

次ぎに右(四)について、

被告人は当公廷に於て暴行の事実を否認しているが証人渡辺万蔵は当公廷に於て同証人は(四)の日場所に於て被告人から焼酎の饗応を受けた際辞去しようとしたところ被告人に今日は死ぬまで飲んでいつてくれと言われて両手を掴んで引張られて膝に手がついたが同証人は恐ろしくなつて帰つたが同証人はその一ヶ月位前被告人に対し同人が親族に心配をかけているから一杯買うべきだといつたので或は被告人は此のことを根に持つて居つたのではないかと思う旨を述べている。右供述に依れば被告人は渡辺万蔵の両手を掴んで引張つたことは明かであるが同人を押し倒したことは認められないし両手を掴んで引張つたのは被告人が渡辺万蔵に対して無理に焼酎を勧める意図を以て為されたものであつてその方法が少しく手荒に過ぎる感じがない訳でもないが然し世上酒席に於ては右の程度のことは敢て珍らしいことではなく主客の間の応酬として深く咎むべきものとはいい難い。被告人の右認定の所為は外形的には暴行であるけれども社会通念に照せば違法性を阻却するものと解さねばならぬ。然らば(四)の起訴事実についても之を認めるに足る証憑は十分でない。

然らば右(一)及(四)については何れも犯罪の証明がないから刑事訴訟法第三百三十六条第一項に則り此等の事実につき被告人に対し無罪の言渡を為すべきものである。

仍て主文の通り判決する。

(裁判官 菅野保之)

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